ということで、下書きのまま眠っていた記事を完成させようかと思います。
今回は、今まで勉強の合間を塗って訪れたイギリス国内観光・旅行の話を。
第一弾は11月に行った、Liverpool (リヴァプール)とManchester (マンチェスター)。
グレートブリテン島南部にあるロンドンと比べると北の方にあり、
バスで5-6時間程度かかる長旅でした。
(電車でも行けますが、バスのほうが安い場合が大半です。)
リヴァプールとマンチェスター、
どちらも日本人にとって馴染みの深い名前かと思います。
それぞれ、リヴァプールとエヴァートン、
マンチェスター・シティとマンチェスター・ユナイテッドという
サッカープレミアリーグのチームの本拠地があることで有名です。
あ、ちなみにイギリス人に"サッカー"って言ったら怒られます。
"フットボール"と呼びましょう笑
(今調べたら、この4チーム、3月3日現在全部7位以内なんですね。
→http://www.premierleague.com/en-gb/)
更にリバプールは、かの有名なビートルズ誕生の地でもあります。
しかし、今回の旅のコンセプトは、
"奴隷貿易"でした。
もともと、この旅の発案者は、
現在アフリカ大陸一周のバス(というかトラック)ツアーに参加している先輩でした。
大阪大学でアフリカの言語や文化を勉強している先輩が、
そのツアーの出発地であるイギリスを訪れる際に、
是非行ってみたいということで、この旅行が決まりました。
リヴァプールはもともと海商都市として栄えた街ですが、
その貿易品の中には、アフリカ大陸からの"奴隷"も含まれていました。
リヴァプールにはそうした過去の負の歴史を記録した、国際奴隷博物館があります。
(International Slavery Museum: http://www.liverpoolmuseums.org.uk/ism/index.aspx)
そこを訪れるのが、今回の旅の目的でした。
リヴァプールの港の夜景。 かつてここに何人もの奴隷が連れて来られ、新大陸へと運ばれた。 |
国際奴隷博物館 |
奴隷を表現した像 |
その時の感想を言葉で表現するのは難しいですが、
かつて、沖縄、広島、長崎、知覧と第二次大戦の悲劇の地を訪れた時と同じような、
やり場のない怒りというか、途方も無い悲しみというか、
心臓をギュッと締め付けるような、衝撃がありました。
特に360度円形で囲まれた小部屋全体に映し出される、
奴隷船の中の様子を再現した映像は、
当時の奴隷の苦痛がありありと伝わるものでした。
"人を人として扱わない"ということに関しては、
奴隷貿易も戦争も共通したものがあるのではないでしょうか。
奴隷制度が終わり、人権概念が広がってきている今でも、
こうした"非人道的"な扱いはまだまだ残っていると思います。
負の歴史を記録し、人々の記憶に焼き付ける、こうした博物館や史跡は、
現代に生きる私達のあり方を見直す役割があるのかもしれません。
詳しい話に関しては、
先輩のブログにかかれていますので、興味があったら読んでみてください。
(http://ameblo.jp/susumuafrica/entry-11681197260.html)
というわけで、
以降はリヴァプールとマンチェスターの街並みを写真とともにご紹介します。
まずはリヴァプールから。
潮の香りが感じられる、まさに港町でした。 |
泊まったホステルがあったマシュー・ストリート(Mathew Street)は、 ビートルズがデビューしたキャバーンクラブ(Cavern Club)がある ビートルズファンのメッカでした。 知らずに行って申し訳なかった…笑 |
ライブをしたバンドが刻まれています。 ビートルズは別格なのか個人の名前も。 他にもQueenやOasisなどイギリスを代表するバンドが… |
ここからはマンチェスター。両都市間はバス、電車共に一時間弱で結ばれています。
イギリス第二の都市の名をバーミンガムと争うだけあり、結構な都会でした。
(ある人によれば、マンチェスターは大阪っぽく、バーミンガムは名古屋っぽいとか…笑)
マンチェスターは都会的要素と伝統的な建物が共存する街 |
PS2みたいだと盛り上がった建物 |
科学産業博物館 世界最初の旅客鉄道の駅舎を利用しているそうな。 |
産業革命発祥の国らしい展示でした。 |
マンチェスターに限らず、 雨に濡れた石畳はヨーロッパの夜景に映えます。 |
というわけで、リヴァプールとマンチェスターの旅行記でした。
両都市ともに博物館・美術館が多く、サッカーフットボールが盛んなところ。
機会があれば是非訪れて、ゆっくりと観光したいものです。
そういえば、先ほど紹介したアフリカ一周中の先輩は、
アフリカの「語り」の歴史を集め、それを紡ぐために旅を続けています。
奴隷貿易の"歴史"も、今回のようにイギリスや西側諸国がまとめた"歴史"とは別に、
アフリカ各地で、口承により伝えられてきた"歴史"もあります。
彼がアフリカ一周の旅の前にこの旅を望んだのは、
この両者を比較するためでもありました。
そんな彼は、現在Ready for?でクラウドファンディングを行っています。
過去の文献資料から、西側諸国がまとめた歴史がある一方で、
アフリカの各地で彼が集める「語り」や「口述」による歴史は、
話し手の話し方、抑揚だけでなく、受け手側の感情、価値観、その場の空気、
時にはそこに加えられる音楽やダンスなどの作用によって、
毎回違った形が成される"アート"です。
そこには、文字では表現しきれない何かがあると思います。
アフリカの各地で彼が聞いてまわり、
彼自身の感受性、哲学に基づき紡ごうとする歴史は、
奴隷博物館とはまた違った形から、私達を写す鏡になるはずです。
(すでにブログにていくつか奴隷制に関する記事を書いています。
彼の意思に賛同し、歴史を紡ぐ旅に共感された方は、
ご協力(寄付、拡散)していただければと思います。
(全然軽い話じゃなくなってしまいましたね、すみません笑)
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