2014/03/03

イギリス旅行記その1 ~リヴァプールとマンチェスター~

しばらく真面目な投稿が続いたので、たまには軽い話を。

ということで、下書きのまま眠っていた記事を完成させようかと思います。
今回は、今まで勉強の合間を塗って訪れたイギリス国内観光・旅行の話を。

第一弾は11月に行った、Liverpool (リヴァプール)とManchester (マンチェスター)。







グレートブリテン島南部にあるロンドンと比べると北の方にあり、
バスで5-6時間程度かかる長旅でした。
(電車でも行けますが、バスのほうが安い場合が大半です。)

リヴァプールとマンチェスター、
どちらも日本人にとって馴染みの深い名前かと思います。
それぞれ、リヴァプールとエヴァートン、
マンチェスター・シティとマンチェスター・ユナイテッドという
サッカープレミアリーグのチームの本拠地があることで有名です。
あ、ちなみにイギリス人に"サッカー"って言ったら怒られます。
"フットボール"と呼びましょう笑
(今調べたら、この4チーム、3月3日現在全部7位以内なんですね。
 →http://www.premierleague.com/en-gb/)

更にリバプールは、かの有名なビートルズ誕生の地でもあります。

しかし、今回の旅のコンセプトは、
サッカーフットボールでもビートルズでもなく、
"奴隷貿易"でした。

もともと、この旅の発案者は、
現在アフリカ大陸一周のバス(というかトラック)ツアーに参加している先輩でした。
大阪大学でアフリカの言語や文化を勉強している先輩が、
そのツアーの出発地であるイギリスを訪れる際に、
是非行ってみたいということで、この旅行が決まりました。

リヴァプールはもともと海商都市として栄えた街ですが、
その貿易品の中には、アフリカ大陸からの"奴隷"も含まれていました。
リヴァプールにはそうした過去の負の歴史を記録した、国際奴隷博物館があります。
(International Slavery Museum: http://www.liverpoolmuseums.org.uk/ism/index.aspx)
そこを訪れるのが、今回の旅の目的でした。

リヴァプールの港の夜景。
かつてここに何人もの奴隷が連れて来られ、新大陸へと運ばれた。






国際奴隷博物館

奴隷を表現した像


その時の感想を言葉で表現するのは難しいですが、
かつて、沖縄、広島、長崎、知覧と第二次大戦の悲劇の地を訪れた時と同じような、
やり場のない怒りというか、途方も無い悲しみというか、
心臓をギュッと締め付けるような、衝撃がありました。

特に360度円形で囲まれた小部屋全体に映し出される、
奴隷船の中の様子を再現した映像は、
当時の奴隷の苦痛がありありと伝わるものでした。

"人を人として扱わない"ということに関しては、
奴隷貿易も戦争も共通したものがあるのではないでしょうか。
奴隷制度が終わり、人権概念が広がってきている今でも、
こうした"非人道的"な扱いはまだまだ残っていると思います。
負の歴史を記録し、人々の記憶に焼き付ける、こうした博物館や史跡は、
現代に生きる私達のあり方を見直す役割があるのかもしれません。

詳しい話に関しては、
先輩のブログにかかれていますので、興味があったら読んでみてください。
(http://ameblo.jp/susumuafrica/entry-11681197260.html)

というわけで、
以降はリヴァプールとマンチェスターの街並みを写真とともにご紹介します。
まずはリヴァプールから。


潮の香りが感じられる、まさに港町でした。

泊まったホステルがあったマシュー・ストリート(Mathew Street)は、
ビートルズがデビューしたキャバーンクラブ(Cavern Club)がある
ビートルズファンのメッカでした。
知らずに行って申し訳なかった…笑

ライブをしたバンドが刻まれています。
ビートルズは別格なのか個人の名前も。
他にもQueenやOasisなどイギリスを代表するバンドが…







ここからはマンチェスター。両都市間はバス、電車共に一時間弱で結ばれています。
イギリス第二の都市の名をバーミンガムと争うだけあり、結構な都会でした。
(ある人によれば、マンチェスターは大阪っぽく、バーミンガムは名古屋っぽいとか…笑)
マンチェスターは都会的要素と伝統的な建物が共存する街







PS2みたいだと盛り上がった建物







科学産業博物館
世界最初の旅客鉄道の駅舎を利用しているそうな。
産業革命発祥の国らしい展示でした。





マンチェスターに限らず、
雨に濡れた石畳はヨーロッパの夜景に映えます。





















というわけで、リヴァプールとマンチェスターの旅行記でした。
両都市ともに博物館・美術館が多く、サッカーフットボールが盛んなところ。
機会があれば是非訪れて、ゆっくりと観光したいものです。

そういえば、先ほど紹介したアフリカ一周中の先輩は、
アフリカの「語り」の歴史を集め、それを紡ぐために旅を続けています。
奴隷貿易の"歴史"も、今回のようにイギリスや西側諸国がまとめた"歴史"とは別に、
アフリカ各地で、口承により伝えられてきた"歴史"もあります。

彼がアフリカ一周の旅の前にこの旅を望んだのは、
この両者を比較するためでもありました。

そんな彼は、現在Ready for?でクラウドファンディングを行っています。

過去の文献資料から、西側諸国がまとめた歴史がある一方で、
アフリカの各地で彼が集める「語り」や「口述」による歴史は、
話し手の話し方、抑揚だけでなく、受け手側の感情、価値観、その場の空気、
時にはそこに加えられる音楽やダンスなどの作用によって、
毎回違った形が成される"アート"です。
そこには、文字では表現しきれない何かがあると思います。

アフリカの各地で彼が聞いてまわり、
彼自身の感受性、哲学に基づき紡ごうとする歴史は、
奴隷博物館とはまた違った形から、私達を写す鏡になるはずです。
(すでにブログにていくつか奴隷制に関する記事を書いています。

彼の意思に賛同し、歴史を紡ぐ旅に共感された方は、
ご協力(寄付、拡散)していただければと思います。

(全然軽い話じゃなくなってしまいましたね、すみません笑)

2014/02/24

2月が終わる前に

今日(もう日付は変わっていますが)は、
日本の外務省とIDDP (英国開発学勉強会)の共催した、
国際機関就職ガイダンスに行ってきました。

イギリスで開発学や国際関係学などを学ぶ日本人学生を主に対象として、
前半は国際機関へ就職するための方法・制度、準備などの話、
後半は実際にギニアのWFP(世界食糧計画)職員として働く方から話をしていただきました。

いわゆるUNICEF (国連児童基金)や、WHO (世界保健機関)などの国際機関は、
採用条件として、
修士号以上の学歴、
2-5年以上の業務に関連する職歴、
職務遂行が可能なレベルの英語やその他の国連公用語の運用能力などが、
最低条件として設けられています。

日本の企業のように、新卒を一括で採用して、
しっかりと社内で育てるといったことはなく、
空いたポストに対して、世界中から応募が集まり、
その中で選考がなされるといったプロセスが一般的です。
(詳しいことが気になる方は、外務省の国際機関人事センターのページなんかがわかりやすいと思います。
http://www.mofa-irc.go.jp/)

要するに、世界中のエリート中のエリートが、
しのぎを削ってようやくポストを得ることができる仕事なのです。

周囲の環境に恵まれたおかげで、
自分も日本国内では、エリートとみなされる部類に入るとは思っていますが、
所詮は"井の中の蛙"なわけであって、
学部で少し留学を経験したくらいで、
特別な専門も職務経験もなく、
英語も働けるレベルにはなく、フランス語は日常会話も成り立たない、
といった立場では、国連のポストなど、
"大海"の向こうの、まだまだ遠く見えないところにあります。

そのことは当然わかってはいましたが、
今日の説明会で、改めて思い知らされました。
「あ、自分まだまだだな」と。
(もっとも、留学中はそんなことの連続ですが笑)

一方で、"お先真っ暗"とまでは言えないかとも思いました。

今日の後半に話をしてくださったWFP職員の方は、
一橋大学の出身の方で、僕が今利用している交換留学制度を利用して、
フランスへの留学を経験された方でした。
(更にお世話になったフランス語の教授も同じ方でした笑)

学部や留学先の違いこそありますが、
やはり同じ大学から、同じように交換留学に行き、
その後、国際公務員というキャリアまで辿り着いた方のお話を聞き、
少しは"光"が見えるような気がしないでもないです。

もちろん、例えここまでは似た経歴であるとは言っても、
その方は、語学も専門も、大学院などでしっかりと勉強をされ、
民間やNGOでの職務経験も積み、
それ相応の努力をしてきて今があることは重々承知しています。

しかし言ってしまえば、
学部レベルで、国際機関へアプライする条件の揃っている人などゼロなわけで、
まずは、その方がされたように、
最低条件を満たすために、少しずつ櫂を漕いでいくしかないわけです。





思えば、国際貢献、途上国援助、開発と言った方向へ向けて舵を切ったのは、
"国際公務員"と言う職業を知ったことがきっかけでした。

小学生の頃、"将来の夢"がテーマの作文か何かを書くために、
家の近くの市民図書館で、
子ども用の職業事典のようなものをパラパラとめくっていた時に、
目に留まったのが"国際公務員"でした。


それまでに僕は、家族旅行で沖縄や広島を訪れたことがあって、
戦争の悲惨さ、恐ろしさを幼いながらに強く感じていました。
一方、テレビの向こうでは、
アフガニスタンやイラクでの紛争・戦争の様子が連日伝えられる様な時代でした。



「なぜ人類は、こんな悲惨な戦争を未だに続けているのだろうか?」



憤りや憂いが入り混じり、疑問符のついた感情が、僕の中で悶々としていました。



そんな時に図書館で見つけた、国際公務員という仕事は、
こうした僕の心の中の"感情"と、将来の"仕事"を繋いでくれました。



「コレだ!国際公務員になって、世界を平和にすればいいんだ!」



それがすべての始まりでした。


もし僕が図書館でその本を手に取っていなかったら、
それまで(ハリーポッターの影響で)夢見ていた、ファンタジー作家を、
今も目指してせっせと本を書いていたかもしれませんし、
もしその本の前のページに書いてあった、
"外交官"の方に惹かれていたら、
今頃国家試験の勉強をしていたかもしれません。

しかし実際には、僕はそこで国際公務員という職業を見つけ、
世界の平和や繁栄に貢献すると決意し、
それからもずっと、こうした国際社会、開発の問題に関心を持ち続け、
今日、SOASで開発学を勉強するに至っています。


これは、本当に、本当に、幸せなことだと思っています。
自分のやりたいことが早くに見つかって、
それに向かって進んでいける環境に恵まれて、
きちんと自分のことを理解して、応援してくれる家族や友人がいて。
ここまで順風満帆に進むことが出来ているのは、
本当に周囲の環境と幸運のおかげだと思っています。

しかし、これからはそう簡単にもいかないでしょう。
当時読んだ職業事典の、国際公務員の"なり方チャート"は、
大学卒業から先、幾つもの枝分かれをしていました。
国際公務員と言っても、各機関、各部署ごとに求められることが当然変わりますし、
更に、今は何も国際公務員だけが、
自分のやりたいことの出来る職業ではないであろうことにも、当然気づいています。
SOASでは、それこそ国際機関は厳しく批判され、
開発そのものを否定する考えも学びました。

目の前にあるのは枝分かれした道ではなく、大きくて広い海に近い気がします。
しかもどうやら、乗り越えなくてはならない波がいくつも待っていそうです。
果たしてその先にゴールと呼べるものがあるのかすらわかりません。
それでもきっと、少しずつ、少しずつ、
自分の思う方向に進む方向に船を進めるしかないのでしょう。




さて、今日こんなふうに自分語りを長々としてしまったのは、
いくつか理由があります。
1つ目は、今日の懇親会で美味しくビールを頂いて、気分が良いから。
2つ目は、後輩に「あんま自分のこと話さないですよね。」と言われて少し気にしているから。
3つ目は、この2月が1つの節目だから。

実は、僕が将来の夢についての作文を書くように言われたのは、
小学校5年生の3学期のことでした。
つまり、国際公務員と言う職業を図書館の本で見つけたのは、
僕が11歳の時、今からちょうど10年前、2004年の2月のことになります。

更に言うと、今日お話いただいたWFP職員の方が、
初めて国際機関でのキャリアをスタートさせたのは30歳前後のこと、
僕からしたら、あと10年ほど先の未来の話になります。


これまでの10年、ここまで進んできた証として、
これからの10年、ここから進んでいく証として、
節目の2月が終わる前に、この文章を残します。




ドーヴァー海峡を渡る船からの景色を。



2014/02/09

ドラム、始めました。

実は、2学期になってから、新しく始めたことがあります。



ドラムです。




ドラムと言っても、いわゆるロックバンドのあれではなく、
僕が始めたのは、西アフリカの伝統的なドラムです。
SOASは、研究してる内容がコアなだけあり、
学生数が少ない(学部、院生合わせて5000人くらい)割に、
コアなSociety(日本で言うサークル)がたくさんあります。
(最近気になってるのは、Hummusという中東圏の料理の名を冠したHummus Society、
そんなピンポイントな料理が好きな人でも集まって、Societyを作れてしまうのがSOASなんです。)

そんなニッチなニーズに対応できてしまうSOASのSocietyのなかで、
2学期に入って、僕が新たに入ったのは、
West African Drumming and Dance SocietyというSocietyです。
これもまた、"African"ではなく"West African"と限定してるところが、
実にSOASっぽいところです。
もっとも東南アジアだと、国ごとにSocietyがあったりするので、
そこまで絞れていないと言えば、それまでなのですが、
やっぱりその国出身の学生数が、アジアとアフリカでは違うので、
仕方ないのかもしれません。

あと、これは想像ですが、
多くのアフリカ諸国にとって、現在の国境線は、
ヨーロッパの国々の都合で勝手に引かれたものだったりもするので、
それ以前から存在したドラムやダンスと言った文化は、
国ごとに分けるよりも、民族ごとに分けたほうが適切であったり、
隣の国々で似通っていたりする部分も大きいのかもしれません。
(この辺は今後調べてみたいと思います。)


僕は大学2年生の夏に、西アフリカのトーゴという国に
約2ヶ月間滞在した経験があるので、
アフリカの中でも、西アフリカには特に思い入れがあります。
(当時、ネット環境がない中で少しだけ書いたブログもあります笑
http://umi-yama-togo.blogspot.co.uk/)
滞在中、現地の伝統楽器であるDjembe(ジャンベ)と言うドラムを
体験したことがあって、
日本に買って帰らなかったことを後悔したくらい好きで、
またやりたいなぁーと思っていたところでした。
(ちなみに出国直前に渋谷のヴィレヴァンでDjembeを見つけたので、
帰国したら買おうかと思ってます笑)
Djembeと叩き方を教わった家の女の子@トーゴ





















しかし、そもそも僕は、あんまり音楽が得意ではなく、
楽譜もドレミファをカタカナで書きたい人でしたし、
リズム感もあんまりありません^^;
なので、個人的には音楽関係のSocietyに入るというのは
かなり躊躇しました。
しかし、前回書いたように、今年の目標を
「好奇心に忠実に、フットワークを軽く」
と定めていて、
日本ではなかなかこうした機会がないと思い、
挑戦することに決めました。

このSocietyでは、実際にartistとして活動している
ガーナの方(といっても若いので友達感覚ですが)が、教えに来てくださり、
週に1回、2-3時間程度練習しています。
トーゴでも教わったのですが、
ドラムには叩き方がいくつかあったりして、
いい音を出すのがなかなか難しいです。
今のところ、単純なリズムが多いのでなんとかついていけていますが…
あと、素手で叩いたりするので、翌日くらいまで、指の第二関節がズキズキします笑
今は主に、Kpanlogo(パンロゴ、パロゴ)と言うドラムを演奏しています。
歌っているのが先生で、その後ろ、Djembeの隣にあるずんぐりしたのがKpanlogoです。
ちなみにここはSOASの建物内にある学生の休憩所のようなところです。壁がいかにもSOASらしい笑


そして、昨日の土曜日に、
SOAS festivalがありまして、その中で、
West African Drumming and Dance Societyも演奏を披露しました。
まだ数回しか練習してないのに!と個人的には思っていましたが、
今回は非常に単純なリズムを繰り返すだけでしたのでなんとかなりました。
ドラムとダンスを教えてくれる先生とそのお父さんのパワーで、
観客を巻き込み、非常に楽しい時間でした。

演奏の様子

観客みんなでダンス!


素人が言うのもなんですが、
音楽、ダンスの力ってすごいですよね。
演者、観客一体になって一つの空間が作られる瞬間というのは、
言葉には表せない感動、快感があると思います。

このSocietyに入った時に言われたのですが、
西アフリカ(ガーナ)の人々にはアニミズム的な信仰観があって、
ドラム一つ見ても、一つ一つの部分が、
もともとspirit(霊魂、魂)を持つ木や動物の皮革を使っていて、
出来たドラムに対してもspiritがあると見ているそうです。

また、授業で読んだ文献の中にも、
こうしたドラムやダンスというのは、
宗教行事の際に、神や霊魂と対話するための
媒介として使われていた(いる)といった話もありました。

日本でも、自然物、人工物に"霊(魂)が宿る"と言った考え方はありますし、
盆踊りの際には中央のやぐらで太鼓が叩かれ、
その周りを人々が踊りますよね。
だから、個人的にはこうしたアニミズム的な信仰の残る
西アフリカの宗教観には共感を覚えますし、
また、こうした考え方はある種、
人類普遍のものである(あった)のではないかと思っています。

音楽やダンスの生む、独特の一体感から生まれる、
特殊な感動や快感というものを、
人々は神や霊魂と結びつけるのでしょう。

今は便利な時代なので、イヤホンでも音楽を聞けますが、
やはり音楽やアートの本質は、
こうした演者と観客の対話の中で、
その空間に一瞬だけ生まれる唯一無二の存在にあるのではないかと思うのです。

短い間しか、このSocietyで練習することは出来ませんが、
アフリカ文化を座学で学ぶだけでなく、
こうして五感を生かして色々と吸収できたらと思います。

(追記)
National Geographicのサイトで、ちょうどガーナのドラムとダンスの映像があったので、
興味のある方はぜひ。
http://video.nationalgeographic.co.uk/video/places/regions-places/africa-tc/ghana-drum-dance-eorg/



2014/02/03

好奇心に忠実に、フットワークを軽く

新年あけましておめでとうございます。





1ヶ月遅いですって?
大丈夫です、ロンドンのチャイナタウンでは、
しっかり(旧)正月を祝ってますから。


というわけで、
早速1ヶ月放置してしまいました。
年末年始をモロッコで過ごし、
その後課題のエッセイやらプレゼンやらに追われ、
ようやく一息ついたかな?と言ったところです。

先々週の火曜日に、
初めてLSE (London School of Economics and Political Science) へ行ってきました。
社会科学の分野では世界トップクラスの名門校です。
こんなおしゃれなとこ、SOASにはない…



訪れた理由は、Public Lecture、要するに講演会です。
イギリスの大学は、日本の大学よりも、
こうした一般向けの公開講義に力を入れている印象が強く、
SOASでもLSEでも毎日いくつものPublic Lectureが開かれています。
(ほとんど無料の場合が多い)

特に先週LSEで行われた講義の話者が豪華だったので、
SOASで開かれているものには行ったことはないのですが、
LSEの方で先にPublic Lectureデビュー?してきました。

火曜日に立て続けに2つの講演会に行ってきたのですが、
一人目はHelen Clark氏、現在のUNDP総裁です。





実は、お目にかかるのは昨年横浜で開かれたTICAD Vのシンポジウム以来2回目。
こんな方に1年のうちに2回も直接お話しを聞く機会ができるというのは、
本当に恵まれていると思います。

話の内容は、ポストMDG、SDG(Sustainable Development Goals)の話が中心でした。
MDGで定められたゴールは、来年、2015年で終わるため、
今それに代わる国際社会の目標が議論されていますが、
その中心であるUNDPがどういった部分を考慮していくか、といった話でした。

正直ポストMDGの動きをあまり追えていなかった自分としては、
「へぇー」となる部分が多かったのですが、
特に、「次の目標は、先進国、途上国(の人々)両方が、
取り組まなくてはいけないものになる(べき)」
といったことを強調されていたのが印象的でした。
MDGの目標の多くは、途上国に住む人々に向けたものが多かったのですが、
少しずつ経済成長、貧困削減が進む国が増えてきたことで、
環境問題などのように、グローバルな規模で考え、
行動していかなくてはいけない問題に注力していかなくてはいけないという話でした。
もちろん、そういった流れに取り残された人々のことも、
忘れてはいけないともおっしゃっていました。
わずか1時間の講義で、質疑応答が短いのが残念でしたが、
わざわざ足を運んだ甲斐は大いにあったと思います。

そして、そのわずか30分後に2つめの講義がありました。
話者はGwen Hines氏、DFID(英国国際開発省、日本のJICAのようなところだと解釈しています。)で
長らく活躍され、現在世界銀行のイギリス理事(Exective Directer)を務めている方です。





タイトルは"Bridging the Gap: The Role of NGOs in International Development"
でしたが、どちらかというとDFIDのやってることの説明が多かったような印象でした。
その中で、DFID(先進国政府)と途上国をつなぐ1つの重要なセクターとして、
NGOが役割を担う、といった話でした。
印象的だったのはむしろ、イギリスが「ODAのGNI比0.7%」を達成するといった話です。
この対GNI比0.7%という数字は、国連が定めているODAの目標数値ですが、
2012年に達成しているDAC諸国は、
ルクセンブルグ、スウェーデン、ノルウェー、デンマーク、オランダの5カ国のみでした。
イギリスは0.56%で、オランダについで6番目に高い数字。
2002年に0.31%だったところから、10年で0.2%以上あげており、
総額でもアメリカに次いで2番目に位置しています。
(ソースは→ http://www.oecd.org/dac/stats/aidtopoorcountriesslipsfurtherasgovernmentstightenbudgets.htm)

一方で日本はというと、
同じ資料によると2012年のGNI比はわずか0.17%、アメリカよりも低く、
そこに挙げられたDACの24カ国の中で、20番目の数字です。
(ちなみにその下の4カ国はスペイン、韓国、イタリア、ギリシャでした。)
総額の方では、アメリカ、イギリス、ドイツ、フランスに次ぐ5番目。
かつて世界一を誇ったことを考えると、
やはり日本はもう少し国際社会に対して責任を果たしていくべきでは?
と思わずにはいられません。
もちろん震災復興を優先すべきだという考えもあるかと思いますが、
2002年からGNI比がほとんど変わっていないところを見ると、
やはり考える余地はあると思います。

正直、この日は大学の講義から続けて3連続の講義だったので、
集中力が切れてしまい、同時にリスニング力がガタ落ちしてしまったので、
これは相変わらず個人的な課題だと思いました。

実はその次の日の水曜日には、
もう一人、ビッグな方がLSEで講演を開催されました。
Amartya Sen 氏、開発学の世界的権威と言っても過言でない方です。
(実は、著書や論文を通して読んだことはないのですが…)
授業で課されるリーディングでも、たびたび参照・引用されています。

オンラインでの抽選で4000人を超える応募があり、
倍率は10倍近かったそうで、
当然のように僕もチケットは取れませんでした…
しかし、そこはさすがにネット社会。
当日はLive Stream中継があり、
次の日には録音がホームページ上で聞けるようになっていました。
http://www.lse.ac.uk/newsAndMedia/videoAndAudio/channels/publicLecturesAndEvents/player.aspx?id=2205
僕も録音を後から聞きました。
個人的には、どうしてもこういう録音を聞くときには集中力が続かないので、
やっぱりオフラインがいいなあと思いましたが、
日本に帰国してからも、こういった形で講義が聞けるというのは、
やはり技術の進歩に感謝ですね。
(ちなみに、Helen Clark氏の方の講演はこちら→
http://www.lse.ac.uk/newsAndMedia/videoAndAudio/channels/publicLecturesAndEvents/player.aspx?id=2192)

1学期は勉強に精一杯でしたが、
2学期は少しでも時間を見つけて、
これからもこういった講演に足を運んでいきたいなぁと思っています。

というわけで、今日のタイトル
「好奇心に忠実に、フットワークを軽く」
は今年の目標です。(今更笑)

約10ヶ月の留学生活も気づけば折り返し地点を過ぎたものの、
相変わらず英語は上達している気がしないし、
エッセイの点数は思いの外悪かったし、
自分の実力不足を日々痛感していて、
「自分もっと勉強しなきゃいけないなぁ」
と思うことばかりです。

講義を聞き取るのが大変だったり、
リーディングに苦しんだりしているのは、
まぁ英語力の問題としてあって、
開発学のベースとなる経済、政治、地理、歴史、哲学等々、
なかなかに自分の勉強不足を意識させられることが多いです。
「教養がない」と言ってしまうこと自体が、
教養がなさそうに聞こえますが、
つまりはそういうことなんだと思います。

一方で、1学期の間、平日はほぼ勉強だけをして過ごしてみて、
もともと自分の興味のある分野ということもあるのでしょうが、
自分の世界が広がっていく、勉強の面白さみたいなものを
再認識できている感じもします。

というわけで、今年の目標は、
「好奇心に忠実に、フットワークを軽く」
と言った感じにしようと思いました。
「勉強しなきゃ」といった義務感からの行動は絶対に続かないなぁと思ったので、
まずは自分の興味のあるところ、
「好奇心」の湧いたところを、
どんどん追っかけていこうと思っています。

というわけで、これを今年の大晦日まで覚えていられるように、
頑張りたいと思います笑



2013/12/24

あらしのよるに

(原作は読んだことないですが、タイトルだけ拝借します)

今日ロンドンは、朝から雨が降っておりました。
午後になったら止むだろうと高をくくっていましたが、
それどころか、こっちに来て一番というくらいの大嵐となっております。

部屋の窓を、雨が叩き、風が揺らし。
なんとなくこういう日には、
意味もなくドキドキしたりするものです。

買い物に行く予定を諦め、
一日中、部屋でだらだらと年明けに提出するエッセイの課題を進めておりました。



今日のBGMはスピッツ。
僕が音楽を聞くようになって、
最初に好きになったバンドです。

熱狂的なファンと言うわけでもありませんが、
定期的に聞きたくなる時があって、
今日もそんな日でした。

嵐のせいか、年の瀬のせいか、
今までなんとなく聞き流していた歌詞が、
心に染みたりなんかして。

そういえば、スピッツというバンド名には、
「小さい犬ほどキャンキャンとよく吠える」
といった意味も込められていたりするそうで。
先日の少し恥ずかしい話を思い起こさせます。



土曜日に、IDDP(英国開発学研究会)という、
イギリスで開発学を勉強する日本人の運営する団体の勉強会に行ってきました。
今回で3回目の参加でしたが、
様々な経歴、バックグラウンドを持つ方々とお話できるのは、
大変勉強になります。

その後、その団体の代表を務めた方が帰国するということで、
サプライズの送別会が行われました。
久しぶりのお酒の席で、まぁなかなかに酔っ払ったのを利用して、
人生の先輩方に対して、僕はこう吠えました。


「僕は将来、世界を変えたいんです」


「どんな?」と聞かれて、はっきりと答えられないのにもかかわらず。

はっきりとはわからないけど、
やっぱり今の世界をどうにかしたいと。
色々なところに見え隠れする、
この世界のおかしなところに目をつぶってはいたくないと。

この言葉に、名誉欲が入ってないかといえば、嘘になるでしょう。
生まれてきた以上、生きた証を、爪痕を、少しでも大きく残したいと、
そういった思いもあるのは確かです。

若さゆえに、言えることなのかもしれません。
まだ、開発の世界に片足すら突っ込んでいないような、
世間知らずだからこそ、言えることなのかもしれません。


僕だって、簡単にできるとは思っていません。
というか、多分ムリです。
ロンドンで開発学をかじってみて、
その問題の複雑さ、難解さを改めて思い知らされ、
壁の高さに絶望している最中なのですから、なおさらムリだと思ってます。

でも、それでも、
吠えることだけはやめてはいけない気がして。
自分に言い聞かせ続けることだけが、
諦めることを諦める唯一の手段な気がして。

人類は、大きな尺度で見れば、
奴隷制も、植民地主義も終わらせることが出来ました。
(その残骸はまだまだくすぶってはいますが)
だったら今のこの世界の色々ないざこざも、
なんとかすることができるのではないかと、
そう思ったりもしているのです。

もちろん、僕がそれに関われるかどうかは、
また別の話ですが。

ちっぽけな存在だって、吠える権利がある。
それが、もしかしたら将来の力になるかもしれない。
僕はまだ"旅の途中"で、
この先の道に何があるかなんて、
誰にもわからないのですから。
(そういえば、ブログのタイトルである、
"旅の途中"も、スピッツの歌から拝借しております。)


なんとなく、自己満と内省にまみれた文章を書いてみたりしてしまったのは、
やはり嵐のせいでしょうか、
それとも年の瀬のせいでしょうか。

気づけば、日を跨いで、
クリスマスイブになっております。
まだまだ雨風は止みそうにありません。
BBCは晴れマークも曇りマークも雨マークもまとめてつけているので、
この先の天気がどうなるのかわかりませんが、
次の夜までにはやんで、
サンタクロースが飛び回りやすくなってほしいものです。

今週末に、ドイツにちょこっとよって、
年越しはモロッコで過ごす予定です。

これが年内最後の更新になるでしょうか。
来年はもっと中身のある文章やら、
くだらないバカ話を書いていけたらと思います。

南スーダンが何やら良くないにぎわいを見せておりますが、
一人でも多くの人が、
落ち着いたクリスマスを、年末年始を過ごせることを
今はただ祈るばかりです。

Merry Christmas & Happy New Year


2013/12/20

Term1を振り返って 〜後半〜

はい、というわけで前回の続きを木曜日から
(本当は次の日に更新したかったのですが…)

◯木曜日
木曜日も授業がありません。
というわけで、週に授業があるのは火、水、金曜日だけです。週休4日です。
でも全然ゆとりじゃないですよ、
金曜日にTutorialが2つあるので、そのためにReadingを済ませなければなりません。
なので朝から(いや、実質寝過ごして昼くらいから…)、
深夜、時には明け方まで文献読んでます。

◯金曜日
金曜日はthe busiest dayです。
計12時間ある授業のうち6時間が金曜日に偏ってます。
普通こんなのありえないんですけどね笑
もう終わる頃にはヘトヘトです、HP0です。

この日は朝9時からSecurityのLectureが2時間あります。
日本語で訳すと安全保障です。
この授業は3年生(イギリスの大学は3年間で学位が取れるので最高学年)と
修士の学生がとる授業なので、当然ながらレベルが高かったです。
最初の2回でNational Security (国家安全保障)とHuman Security(人間の安全保障)という、
2つのメインの考え方を学び、その後は各諸問題が、
どのようにそれぞれの安全保障に影響するかといった進め方でした。
例えば、Food Seucrityの回では、飢餓がどうそれぞれのSecurityに影響するか。
Human Securityに関しては、単純に栄養失調などを引き起こすことで、
National Securityの観点からだと、飢餓が地域紛争の原因となることで…
と言った感じで、HIV/AIDSであったり、環境問題であったりを見ていきました。

Human Securityに当てはめて考えることは考えるのは比較的容易というか、
明らかである場合が多いのですが、
National Securityと結びつけるのはなかなか難しいことを実感しました。
例えば、地球温暖化がもしアメリカや中国のNational Securityを脅かすのであれば、
両国はもう少し真剣に解決を目指すのでしょうが、
当然ながら、現時点で地球温暖化がきっかけで、
アメリカや中国が戦争に巻き込まれるとは考えにくいですよね…

1時間の休憩を挟んで、
12時からはDevelopment Conditions and ExperienceのTutorialです。
この授業は開発学科1年生用の授業なので、概論的な話も多いです。
前の週のLectureで扱った内容とReadingの内容を絡めながら、
ペアワーク、ディスカッションやディベートなど様々な形で授業を進めるのが特徴的で、
内容も基礎的なので、一番発言しやすい時間でした。
周りも1年生と言っても、
「ギャップイヤーでタンザニアで半年ボランティアしてきましたー」
なんて人がさらっといる大学なので、議論も結構深まります。

次は1時間の休憩、キャンパス移動を含めて、
2時からSecurityのTutorialです。
午前中にやった授業の内容を含めて議論ですが、
間に別の授業が挟まってるので頭が混乱します笑
Tutorialは修士の人とは分けられていますが、
3年生だけといっても議論のレベルは高く、
正直ついていけなかった部分が多いです…
この授業は1学期のみの授業なので、もう挽回できないのが辛いです。
テーマは面白かったんですが…

この日の最後は3時からのDevelopmental Conditions and ExperienceのLectureです。
この頃にはかなりエネルギーが切れています。
前の授業と連続なのでいつも少し入るのが遅れてしまうのですが、
(SOASは授業間の休み時間がありません。すべて◯時ちょうどから◯時までです。)
いつも死んだような顔をしながら教室に入ってくると言われます笑
1学期は、開発学の今までの潮流の紹介がメインでした。
ColonialismやModernisationからはじまり、
Participatory Development (参加型開発) 、Post-Development (ポスト開発) まで
2学期は、より各論的な内容になるみたいです。
個人的には終盤に扱った、Post-Developmentの話がなかなかおもしろかったです。
今までの「開発」をすべて否定して、
先進国、途上国と言った概念も否定するradicalな考え方なんですが、
今までの常識を疑って、経済発展が必ずしもゴールではなく、
何が人にとって一番大切で、国家はどういう状態が理想なのかといった、
哲学的な問いにまで発展しうるあたりが、知的好奇心をくすぐられました。
もちろん批判できる部分もまだ多いのですが…

そんなわけで2時間のLectureを終えると、
ようやくTGIFです。花金です。
友達と飲み行ったり、疲れ果てて眠ったり、
エッセイにとりかかったり…??(割りと学期終盤はガチです笑)

◯土曜日、日曜日
週末の過ごし方はまぁ色々でしたね、観光に行ったり、一日中寝てたりです。
エッセイがあったり、プレゼンがあったりする場合はそれやったりもしましたが、
基本的には充電してました。


1週間だいたいこんな感じでしたね。
基本的に平日はReadingに追われてました。
大体一つの授業に対して3本論文や本の章が課せられます。
ただ読んでも難しかったりするんで、
要約と言うか簡単なまとめをパソコンで作りながらやるんで、
めっちゃ時間かかります…
まぁ全員が読んでなかったりもするんですがね、実は。
1、2本読んで、あとはconclusionだけ読んで、なんて人も結構います。
その辺は意外と緩いと思います。
自分もプレゼンで追われてる時などは、AbstructとConclusionだけしっかり読んで、
後はScanningするだけ、みたいなときもたまにありました。
2学期は無くしたいと思ってますが…

なんだかくそまじめな文章ですが、
まぁ実際くそまじめに淡々と日々を過ごしてしまってる感じはします。
まぁfacebookやらtwitterやらネットの時間を減らせば、
もっと色々遊んだり、充実した活動ができるんでしょうが笑
2学期の課題は山積みですが、さっそく堕落した冬休みを送ってるので、
まずはここから改善しなくてはですね…

2学期はSecurityの代わりに、Issues in Development Practiceという、
開発の実践に関する授業が入る以外は、同じです。
はじめは週に4種類の授業しか選べないのが残念でしたが、
1つ1つじっくりやれるので、こっちのほうがいいですね。
Issues in Development PracticeはLecureが木曜日、Tutorialが金曜日ですので、
多少、曜日のバランスも改善されます。
SOASは3学期(4月下旬〜)が試験学期で授業がないので、
実質授業があるのはあと3ヶ月弱、そう考えるとだいぶ短いので、
色々吸収して帰ってこれればと思います。

ロンドン・アイから見たロンドンの夜景です

2013/12/18

Term1を振り返って 〜前半〜

約2ヶ月ぶりの投稿となってしまいました。
やはり学期中は何かと忙しく、週末も出かけたり寝たりでまとまった時間が取れず、
もともと書くのが遅いので放置状態に…

晴れて先週で1学期が終わり、冬休みになりました。
(といっても年明けにだすエッセイが2つあるので遊んでばかりもいられませんが…)

今回は1学期の間、1週間どういう生活をこっちでしていたのかを振り替えりながら、
授業の感想を書いていこうと思います。

◯月曜日
この日は授業がありません。なので、土から月まで3連休です。
土日の過ごし方次第ですが、だいたい月曜からその週のReadingをスタートさせます。
あとは、休日だと混んでたり、早くお店が閉まったりするので、
この日に買い物をしたりすることもあります。

◯火曜日
この日は午後3時から5時まで、Culture in AfricaのLecture(講義形式の授業)です。
1週間の始まりが火曜日の午後からなので、なかなかスイッチが入りません笑
内容は、前半は総論的な部分が多かったです。
Cultureとは何か、Identityとは何か、というところから始まって、
各論はSwahili (タンザニアやケニアなどを中心とした文化)と、
Yoruba (ナイジェリア中心に広がる文化)だけやりました。
(先生はナイジェリアの方で、Yorubaを専門としていますが、
2学期からは、各文化の専門の人がオムニバス形式で担当します。)
文化の授業だけあって、映像を見ることも多いです。
グループプレゼンも2回あって、結構自主的に考える時間の多い授業だと思います。
(全部の授業に言えることですが…)
面白かった、というか、少しイメージと違ったのが、
アフリカの文化がdiaspora(移民…という訳でいいのでしょうか?)に与えている影響を、
比較的大きく扱っていることです。
奴隷貿易や、その後の移住、移民の結果、
アフリカ系の人々の"血"は世界各地、
特にアメリカ大陸やヨーロッパを中心に広がっていて、
そうした土地の文化や、人々のアイデンティティ形成に、
どのようにアフリカの文化が影響しているか、という視点は、
日本で、日本人の両親から生まれ、日本で育ってきた僕からすると、
今まであまり考えたことのないことでした。

授業だけでなく、ロンドンで、しかも留学生の多いSOASで生活していると、
様々なバックグラウンドを持つ人がたくさんいて、
国籍も両親の出身国も生まれ育った土地も全部違うなんていう人が珍しくないです。
そういう人のアイデンティティはどのように形成されていくのか、
というのはなかなか興味深いです。
(割りとデリケートなこともあると思うので、気軽に聞けないのですが…)

そういえば、火曜日は学期途中からLanguage Exchange (言語を勉強したい人が、お互い教えられる言語を教えあう制度…というか時間?) で、
ソマリ人からソマリ語を教わる代わりに、日本語を教えています。
パートナーの彼も、ソマリ人ですが、オランダで生まれ育ち、
数年前からイギリスに移住、ソマリアには1度しか行ったことがないそうです。
まだ始めたばかりなので、全然ソマリ語は覚えてませんし、発音も難しいです笑
毎回むちゃくちゃ直されてます^^;
あと、いつのまにか彼の友達のソマリ人の女の子も一緒になって教えてくれています。
その他に、彼の友達も何人かいることが多いです。だいたい女の子です笑
彼は全然チャラい感じじゃないけど、モテるんですかね…?笑
やっぱりコミュ力が大事なのかな…と思ったりしてます。
あとは身長か…これはどうしようもないですが…うーん…(´・ω・`)

◯水曜日
話を戻しますね(^_^;)
水曜日は、1週間のうち2番めに忙しい日です。
まず10時から、Culture in AfricaのTutorial (少人数に分かれてのゼミ形式の授業) があります。
授業の復習と、Readingから学んだことなんかをシェアします。
比較的ゆるーい感じなので、割と発言しやすくて助かってます笑
そういえば、この授業はアフリカ学科の1年生向けの授業なのですが、
なぜか西洋系の女の子が多い学科です。というか受講者の7割くらいがそうです。
理由は……謎です笑
まぁ華やかでいいと思います、はい。

さて、1時間のTutorialが終わった後は、
そのまま2時間のLecture、今度はPolitics of Developmentです。
1学期と2学期で教授が変わる授業で、
1学期はアフリカの政治と開発の関係を扱い、
2学期はアジア(とラテンアメリカ)を見ることで、その比較をしていく授業です。
といっても各論をやるわけではなく、
援助と汚職の問題だったり、民主化と経済発展の関係だったり、
そういったテーマ別の切り口が多かったです。
とりあえずかなり自分の勉強したいこととドンピシャで、楽しい授業です。

SOASはいわゆる"左"の視点が強い大学で、
Marx Society (Soceityは日本で言うサークル) なんかあったりするんですが、
開発学や政治学の授業では特にその傾向が結構出てる気がします。
(ちなみに、日本で"左"だの"右"だの言うと、過激な思想を持ってそうだと思われがちですが、
ヨーロッパではそういうわけではないみたいです。)
この授業も結構その傾向があって、世銀・IMFの批判、Neoliberalism(簡単に言うと自由市場経済主義)批判なども扱いました。
かといって、決して偏った教え方をしているわけではなく、
きちんと両方からの視点が踏まえられています。
ちなみにNeoliberalismや、Structural Adjustment(構造調整プログラム。1980年代から世銀・IMFが進めた途上国の市場の自由化を進めようとした政策。)の批判は、
だいたいどの授業でも1回はあるそうで、
もうこれはさんざんやったからいい!って文句を言っている生徒もいました笑

2時間の講義が終わると、お昼を食べて、Language Exchangeの時間です。
この日はカナダ人からフランス語を教わっています。
大学院でトルコ研究を専攻していて、日本語はほとんど独学ですが、上手いです。漢字も書けます。
大学院に来る前は、カナダの政府で働いていたそうで、かなりエリートです。
SOASは、アジア、中東、アフリカ研究の大学なので、
ヨーロッパ系の言語の授業はないのですが、
フランス語を学ぶ機会がこうして得られて良かったです。

その後は、所属しているSocietyのミーティングです。
僕は、日本でも所属していたAIESECという学生団体にこちらでも入っています。
お隣のUCL(University College London)と合同でやっているので、
ミーティングもそこでやります。
正直勉強が忙しくてなかなかコミットできていませんが、
Pub Crawlなどの楽しいイベントにだけ顔を出しています笑

この日は17時からPolitics of DevelopmentのTutorialが最後にあります。
15人ぐらいいて、毎回2人ずつ発表、その後議論といった流れです。
議論は毎回先生と一部の生徒で盛り上がってしまう授業で、
結構話がそれるので、全く発言できませんでした。
やっぱりまだまだ英語での議論は難しく、誰かの意見を理解し、
自分の考えをまとめているうちに、議論が次に進んでしまっています。
この授業はCulture in Africaと違い、2、3年生が中心なのもあって、
英語力以前の知識量の差を感じることも多いです。
2学期は少し改善しなくてはいけません…

なんだかだいぶ長くなってしまったので、
週の後半は次の記事に書きたいと思います。
では、またノシ
街はすっかりクリスマスです。