2014/05/22

試験が終わりました!

今日、SOASで受けるべきすべての試験が終わりました。

以前にも書きましたが、SOASは(他のイギリスの大学も大体一緒みたい)、
1学期、2学期とあった授業の全ての授業の試験がまとめて3学期にあります。

この3学期は大体8週間くらいあって、
最初の2週間は授業の復習のためのクラスがあったりして、
試験そのものは5月8日からスタートでした。

僕の場合、取っていた授業5つが、
全てこの2週間のうちに詰まっていて、

かなーーーーーーーーーーーり、大変でした(・_・;)

終わってしまった今となっては、
他の人よりも試験全体が早めに終わることになるので、
むしろ良かったかも?と思ってますが笑

と言うわけで今日は試験の振り返りを…
だからあんま面白い話じゃないと思います笑


ロンドンも上着なしで出歩ける気温に。
晴れた日は公園に人が群がります笑



試験は普通の論述式なのですが、
いくつか問題が出された中から、
自分で2個とか3個を選んで答えるパターンばかりでした。

日本でもそういう試験を受けたことがありますが、
僕の場合、
「ぶっつけ本番、出された3問に全て答えられなきゃダメ!」
(しかも評価が100%その試験で決まる)
みたいなのばかり受けてきたので、
こっちのほうがまだ準備しやすいかな?という気はします。

更に、数年分の過去問がデータベースにアップロードされているので、
日本のように先輩のつてをたどって探す…などの手間を掛ける必要はありません。

また、生徒間で自主的に、それぞれが学期中に書いたエッセイを共有する、
エッセイバンクなるものがemail上やdropboxで作られた授業もありました。
(エッセイは授業1週分のテーマについて書くので、
その回の授業のエッセンスを理解するの役立ちます。)
まだまだライティング能力に不安な立場としては、
他の生徒にエッセイを晒すのはだいぶ抵抗がありましたが笑

こんな感じで、試験勉強は比較的準備がしやすいようにできてると思います。


逆に大変だったのが、
議論の参考にした人の名前を示さなければいけない点でしょうか。
正式な引用ではないので、書名や出版年までは書く必要はありませんが、
「○○が△△という議論をしていて、これは…」といった感じで、
自分の議論をサポートするために、過去の論文の議論を使う、と言うスタンスは、
エッセイの時と同じでした。
人の名前を覚えるのが苦手なので、これはもう個人的にはキツかったです(T_T)
実際どのくらい点数に影響するのかはわかりませんが、
あんまりたくさんは書けませんでした…


全体的な感想としては、(英語であることを除けば)、
日本の試験とそんなに変わらないかな?と言う感じでした。
まぁ、過去問が公式に公開されていたり、問題が選べたりする分、
求められる答えは日本より高そうです…(・_・;)

一方で、日本よりも日頃の勉強をしっかりやっていたのも役立って、
2週間で5個と言う鬼畜日程にしては何とか乗り越えられた気がします。

”英語であることを除けば” ですが。
結局英語力の低さがずっとネックだった気がします、この1年…

公園にはリスも多いです
夜にはたまにキツネも見つかります笑

本当はこの後、実際どんな試験を受けて、
どんな問題が出て、どんな答えを書いたかを書こうと思ってい
たのですが、
思っていたより長くなりそうなのでやめます笑

あんまり興味ある人もいないでしょうし…
まぁ気が向いたらぼちぼち書くかもしれません、
自分の復習にもなりますしね。

帰国まで実は4週間弱あるので、
ゆっくり休みながら残り1日1日を大事に過ごしたいと思います。
書き溜めている記事も更新します、きっと笑
では!

公園がいたるところにあるのがロンドンの好きなところです。



2014/04/08

SOAS日本人交換留学生が選ぶ!美味しいロンドン寿司チェーン店

前回に引き続き、"ロンドンから見た日本"シリーズ第二弾!
(今思いつきました、はい。多分第三弾はないです。)

今ロンドンでは空前の寿司ブーム、日本食ブームです。
空前とか使っちゃうと、
「20年そこそこしか生きてない日本人がひょろっとロンドンに来ただけで何がわかる!」
と、Londoner (ロンドナー: ロンドンに住んでる人。日本で言う江戸っ子みたいな)から
怒られちゃいそうですが。

まぁスーパーでも、大学の食堂でも、
サンドイッチの隣においてあったりするんで、
かなり浸透しているのは事実だと思います。
日本だと寿司=高級なイメージがありますが、
いわゆるファストフードみたいな感じで受け入れられています。
寿司にかぎらず日本食はヘルシーなイメージがありますからね、
そこら辺が受けてるんでないかと。
(もちろんロンドンには高級なお寿司屋さんもたくさんあります。)

そんなわけで、街を歩けば、
寿司や日本食専門のファストフードレストランがたくさん見つかります。

しかし、やはり日本人としては、
「ほんとうに美味しいのか…?」と疑ってしまい、
今までそういったお店で食べたことはありませんでした。

ただ、「このまま一度も試さずに帰国してしまうのはもったいない!」
ということで、同じ思いを抱えていた、
SOASに交換留学に来ている日本人学生と一緒に、
「ロンドン寿司チェーン店を食べ比べようの会」を先日開催しました笑

というわけで、前置きが長くなりましたが、今回はその会の模様を記事にします。
(最初に断っておきます。勝手にランキングつけてますが、ステマではないです笑
平々凡々な大学生5人の息抜きがてらの企画なので、話半分でお願いします笑)



今回食べ比べたのは、Wasabi、YO! Sushi、itsu、YouMeSushiの4店。
規模の違いは多少ありますが、いずれもロンドンの寿司チェーン店です。
上段左からWasabi、YO! Sushi、wagamama(寿司ではありませんが)
下段左からYouMeSushi、itsu

お口直し?のメニューも



今回は、それぞれの店舗で、
サーモン、ツナ(マグロ)、巻き物が入っているボックスを購入して食べ比べ、
勝手にランキングつけちゃいました。




それでは第4位…

YO! Sushi

日本のポップカルチャーを意識した外の壁。
なんと店内は回転寿司!

蓋がついてますが、たしかに回ってます。
きちんとお皿の色で値段が変わる仕組み。
右側のSharing Bento(£11.5)を購入


入れ方が雑。と言う手厳しい言葉も…

握りはサーモン×4、ツナ(マグロ)×4、エビ×4
太巻きが2種類それぞれ4つずつ。計6種類、20貫のお寿司が。



今回食べ比べしたチェーン店の中で、
唯一の回転寿司屋さんだったYO! Sushi
(ちなみにロゴの"YO!"が"ソワ!"とか"リク!"とかにしか見えないと評判)

味はなんとも期待はずれ…
特にシャリが美味しくなく、「そもそも酢飯なの?」と言う発言が出るほど笑
挙句の果てに、みんなネタだけを食べる始末…
といっても肝心のネタの方もエビ以外は「あれ?」と言う感じ。
もちろん、寿司は新鮮さが決め手。
作ってからの時間までは比較できないので、一概には言い切れませんが、
せめてシャリはなんとかできるような…
寿司はシャリが肝心なんだと気づかせてくれました笑





続いて第3位は…

YouMeSushi

youとme、夢(yume)をかけたと思われる店名。

今回はDelux box(£9.60)を購入。
味噌汁(miso soup)がおまけでついてきました。

握りはサーモン×3、ツナ(マグロ)×2、
太巻き×6にサーモンの刺し身×3
醤油の他にサラダ用と思われるドレッシングも。



個人的に、一番期待していたお店。
(店名が日本人受けしそうだったので笑)

大学や寮の近くに2店舗あるため大きいチェーン店かと思っていましたが、
実はロンドンに4店舗あるのみ。
他のチェーン店と比べると小規模ですが、
ホームページを見る限り、デリバリーに力を入れている模様。

サーモンは他のお店のものと比べて、さっぱりとしていて、
全体的に可もなく不可もなくと言った感じ。
ツナ(マグロ)の鮮やか過ぎる赤さがちょっぴり不安を煽りました笑

余談ですが、お寿司を買ったらついてきた味噌汁の味はかなり残念でした笑





さぁそして第2位は…

itsu

寿司屋というよりは、ヘルシーアジアンフードのお店


ここだけちょうどいいセットがなかったので、2つ購入。
握りはtuna&salmon sushi (£6.99)



太巻き(裏巻き)はspicy salmon & avocado (£3.99)


握りはサーモン×4、ツナ(マグロ)×4、太巻きが×6
計14貫で£10.98



個人的には一番期待値の低かったお店笑
上にも書きましたが、お寿司に力を入れているというよりは、
ヘルシーなアジア料理を出すお店という印象が強かったからです。
(その証拠に、付け合わせのサラダはパクチーの入った東南アジア風)

しかし、サーモンの味は、一番日本の味に近く、美味しかったです。
ロンドンの寿司いけるやん!て感じで、一同ビックリでした。
シャリも美味しかったです。

しかし2位の理由は、太巻き。
周りにごまがまぶしてある太巻きでしたが、
このごまの味が強く、なんとも微妙な味…
サーモンが美味しいだけにもったいない!
もしかしたら他の太巻きを選んでいたら1位もあったかも…?





というわけで、いよいよ第1位の発表です…

ジャカジャカジャカジャカジャカ…(ドラムロール)…

ジャン!!

Wasabi !!!!


デザインや包装も日本人受けする感じ


一貫ずつtake awayできるのはめずらしい

寿司以外のメニューも

購入したのはrainbow set (£7.49)
紙箱なのもポイント高し。
握りがサーモン×3、エビ×2、ツナ(マグロ)×1
太巻き×8、サーモンの刺し身×2



見事、"第1回SOAS日本人交換留学生が選ぶ!美味しいロンドン寿司チェーン店選手権"、
第1位に輝いたのはWasabiのお寿司でした!
( ゚Д゚ノノ☆パチパチパチパチ

サーモンは脂が乗っていて、若干好みの分かれるところではありましたが、
(僕は好きでした。)
ツナ(マグロ)、エビ、太巻きは普通に美味しくてビックリでした。

更に注目すべきはコストパフォーマンス。
今回買ったボックスの中身を比較すると、

4位 YO!Sushi £11.5 20貫
3位 YouMeSushi £9.6 11貫+刺し身3枚
2位 itsu £10.98 14貫
1位 Wasabi £7.49 14貫+刺し身2枚
(値段はすべて2014年4月上旬のもの)

中身やお寿司、お刺身の数が少しずつ違うので一概には比較できませんが、
Wasabiが一番安いのは間違いなさそう。

味よし、値段よし、見た目よしの三拍子揃ったWasabiが、
満場一致で第1位に輝きました!

☆総評
店の間でここまで差が出るのか!
というのがビックリでした。
そしてWasabiいけるやん!!
今回試してみてよかったですね。

あと、寿司にかぎらず、ロンドンはサーモンが美味しいと思います。
島国ですし、良い漁場が近くにあるのでしょう。

自分で作れると言っても日本食は恋しくなるもの。
日本人が経営、調理する日本食レストランは、
どうしても高価になるので、しょっちゅうはいけません。

そんな時にふらっとこういったチェーン店に立ち寄れることがわかったことが、
今回の収穫ですね。

(途中にも書きましたが、
お寿司は作ってからの時間とか、その日のネタの素材そのものによって、
味が変わるものだと思うので、今回のランキングが絶対ではありません。
もちろん、個人の好みに偏る部分も大きいかと思いますし。
クレームはご遠慮いただければと思います笑)

◯番外編
wagamamaのカツカレー(chicken katsu carry £9.5)





実は今回、このwagamamaを加えた5店で比較する予定でした。
しかし、当日になってわかったのですが、
なんとこの日本食チェーン店、寿司が売っていなかったんです!笑

というわけで代わりに購入したカツカレー、
この味がもうちょっとビックリするくらい美味しくなかった…
カツはまだ普通に美味しんです。
問題はカレーのルー。
どうやって出したのかわからないネチョネチョ感が、
明らかにおかしい。
これはさすがに日本食とは呼べないのでは?と思ってしまいました…笑


というわけで、今回はロンドンの寿司チェーン店を食べ比べてみた話でした。
今月末に控えるエッセイの締め切りと、
来月に待ち構える試験の準備でしばらく忙しい日々が続きますが、
息抜きがてら更新できたらと思います。

2014/03/31

Superdry 極度乾燥(しなさい) の変な日本語

極度乾燥(しなさい)

ヨーロッパに訪れたことのある人の中には、
この奇妙な日本語の書かれた服を見たことのある人も多いのではないでしょうか。

実はこのブランド
Superdryという、イギリス発のブランドで、
"極度乾燥(しなさい)"は、superdryの日本語訳です。

ホームページはこんな感じ→リンク

















とにかくこのブランド、ロンドンでは大人気で、
街を歩いていると、しょっちゅうこの服を着ている人に出くわします。
あのベッカムやらダニエル・ラドクリフやらも着てるとか着てないとか言われるくらい。
(NAVERまとめでも話題になってます笑)
しかもロンドンの超一等ショッピングストリートにお店があったりします。

お隣はバーバリー。実はこの通りにはユニクロもあります。

系統としてはアメカジっていうんですかね、そんな感じ。



店内は地上3階、地下1階でかなり広い。




















日本人としては、スーパードライと聞くと、
アサヒのビールがまっさきに思い浮かびますが、
こちらの記事いわく、
どうやらまさにスーパードライからインスパイアされているらしいです。
(ちなみに本家スーパードライも、結構ロンドンのパブやスーパーで手に入ったりします。)

どうして、こういう訳になったのかは知りませんが、
(google翻訳にかけたら、普通に"スーパードライ"と訳されました。)
もしかしたら、イギリスの人が"Superdry"と聞くと、
こういったイメージを浮かべるのかもしれません。
"super"は"すごい"とか、"ずば抜けてる"っていうニュアンスですし、
"dry"は、"乾燥"、"乾いた"って意味ですもんね。
ネイティブの人がぱっと見で、"superdry"と見ると、
めちゃくちゃ乾燥しているイメージをまず思い浮かべるか、
もしくは"dry"が動詞としても解釈できるので、"(しなさい)"を思い浮かべる。

つまり日本人が"極度乾燥"に抱くおかしなイメージを、
ネイティブの人は"superdry"に抱いていたのかもしれません。
(でも普通にdryにはお酒とかの"辛口"って意味もあったと思うんだけどな…)

と、ここまで妄想全開で考察してみましたが、
日本人の着ているTシャツがネイティブから見ればおかしく見えるというのは、
昔からよくある話で。(例えばこの記事とか。NAVERまとめにもなってます。)

中3の頃、2週間のニュージーランドホームステイの時に、
僕のホストブラザーが、
そういった日本人の変な英語が使われたTシャツとかの写真を集めた本を持っていて、
僕に見せながら大爆笑をしていて、
当然僕はいまいち何が面白いのかわからないので、
隣で苦笑いをしていた思い出がありますが、
案外、Superdryもそういう日本人に対する皮肉があるのかな?と思ったり笑

まぁそれは考え過ぎとして、
日本人がアルファベットをなんとなくかっこいいと思うように、
(Tシャツは別にしても、お店の名前とか、ロゴとかは英語が多いですよね。)
こっちの人は日本語、漢字をなんとなくかっこいいと思うようです。
日本人からしたらおかしく見えるのも承知で、
まぁデザインとして、ということなんでしょう。

ちなみにたまにですが、漢字の刺青も見ます。
こないだ近くのハンバーガー屋さんの店員さんの腕には
"一期一会"って彫ってありました。
多分彼は日本語勉強してる方だと思いますが。

そんな漢字ブーム巻き起こるロンドンで人気のSuperdry、
かくいう僕もいくつか買ってしまっています笑
なかなか秀逸だと思うんですよね、普通にデザインも好きですし。

というわけで、
最後にSuperdryで見つけた変な日本語を、
元の英語を考えながらご紹介します。
英語訳にすると、意外とそんなTシャツもってるかも…と言うのがあったりします。

というわけで僕の持っているものから。




















「皆の星」=「All Star」これは簡単




「連合仕事の供給」=「Union Workwear Supplies」訳が書いてあることもしばしば。

以降は、ウェブサイトから見つけたもの。
リンク貼りますが、切れてたらごめんなさい。

極度のガソリン」= 「Super Oil」多分
会員証な」=「???」謎すぎる。
陸上競技」= 「athletics」でしょう、これは簡単。
本物のスポーツウェア」= 「Real Sportswear」これはありそう。
優勝者」= 「Champion」これはブランド名でありますよね。
優れた配分」=「Great ...???」これなんですかね、allocation? distribution?
楽しみのための財」=「Money for Pleasure?」とかかな?何か意味がありそう。
狩り捕食者」= 「Hunting Predator?」Eagle(鷲)の絵が書いてあるので、関係ありそう。
自動車潤滑」=「Motor Oil」なぜか、自動車系、油系は多いです。
馬車業務用」=「???」元ネタわからなさ過ぎる…笑
堅い天候の会社」= 「???」Firmは"堅い"も"会社"も意味があるので使ってそう。
独創的」=「original」いやーごもっともです。

全然元ネタわかりませんね!笑
なにかアイディアがあったら教えて欲しいです。
以前「連合の矢」というのを見た時は、「United Arrows」だ!と気づいたのですが、
案外難しいですね。もう少しブランドに詳しい人だったり、
バイリンガルだったらわかるのかもしれません。

最後にこの間お店で見つけたものを。





「スペルドリ」=「Superdry」
一瞬何のことかわかりませんでしたが、
ローマ字読みしようとするとこうなりますね笑

Superdryはイギリスのブランドですが、
これだけ日本語が流行っているところを見ると、
"クールジャパン"、なんとかなるかもしれませんよ!笑

2014/03/30

Term2を振り返って

今日(3月30日)からサマータイムが始まりました。
急に1時間も日が長くなったので何だか不思議な感じがします。


3月21日をもって、SOASのTerm2(2学期)が終わってしまいました。
SOASはTerm1が10週間、Term2が10週間で基本的に授業は終了、
Term3は8週間位ありますが、基本的には試験のみになります。
(3学期のはじめに、総まとめ的な授業をするクラスもあります。)
簡単にまとめると、



こんな感じですかね。
Term1の間、Term2の間に、
それぞれReading Weekと呼ばれる休みもあって、
こうしてみると休んでばっかりですね笑

もっとも、それぞれの休み前後にエッセイが課されたりしますし、
春休みは実質試験の準備に追われる形になります。

今は春休みの2週目で、エッセイとの格闘も一段落したところなので、
Term2の振り返りでもしようかなと思います。

といっても、今回取っていた授業4つのうち3つは通年だったので、
Term1の時に振り返ってますが…

Term1は1週間の流れと一緒に振り返りましたが、
今回は授業ごとに。

◯Development Conditions and Experience

開発学概論的なやつでした。
Term1のときは開発がたどってきた歴史みたいなものが中心でしたが、
Term2は、もう少し各論的でした。
グローバリゼーションとか食糧問題といった開発の課題にフォーカスしたり、
国際機関、NGOといった開発に関わるアクターにフォーカスしたりと、
毎回違った角度から開発を学んだ印象があります。

他の授業と比べるとやはり基礎的で、
開発学部1年生必修ということで、生徒も1年生が多いので、
一番発言しやすいクラスでした。
「この問は、前に他のクラスでやったやつだ!」
っていう進◯ゼミ的なアハ体験もちょこちょこありました。

Term1でひと通り開発を学んだことで、
なんとなく開発に対するアカデミックの立場というか、
SOASの開発学に対するスタンスみたいなものがわかってきたのも、
発言が増えた要因かと思います。

一から開発学を始めた身分からすると、
総論を掴むのに良い授業でした。


ロンドンにも春が来ました。

◯Politics of Development

この授業は、Lectureの講師がTerm1とTerm2で変わります。
Term1はアフリカの政治と開発、
Term2はアジア(主に東アジア)と少しラテンアメリカの政治と開発について学びました。
この授業は政治学科の授業でしたが、
中身はだいぶ開発学よりだったように思います。

ざっくりとした言い方をすると、
「開発に適した政治体制、国家モデルとは?」
「アフリカと比べてなんでアジアが発展したのか?」
  (ラテンアメリカはその中間に位置してる感じ)
がテーマの授業でした。

Term1はアフリカの政治を(アジアとの対比の視点を持ちつつ)見ていきましたが、
Term2はがっつりアジア、たまにラテンアメリカといった感じでした。
印象的だったのは、日本の持ち上げられ方です。
明治維新後、特に第二次大戦以降の日本の経済成長は、
開発学において1つのモデルケースです。

恥ずかしながら、僕はこの授業を受けるまで、
この事実を、あまり意識していませんでした。
いわゆる「失われた(ウン)十年」生まれの僕にとって、
日本の高度経済成長は教科書の中の話でしたし、
なんとなく日本が"途上国"だったという認識があまりありませんでした。
ヨーロッパの長い歴史から見ると、
とりわけ日本は極東からここ100年、50年で突然伸びた国という認識なのでしょうが、
こうして開発学の中で、"開発の成功例"として
取り上げられるとはあまり思っていませんでした。

そんな気づきを与えてくれたこの授業、
日本やその他東アジア諸国が取り上げられることも多く、
数少ないアジア人であった僕は、授業でも積極的に発言できるはず…
と思っていましたが、
政治学科の学生の特徴なのか、とにかく喋る人が多く、
話が次から次へと移っていくので、
僕はほとんど発言できませんでした…

でも、最後のプレゼンで、割と手応えのある反応があったので、
それで少しは挽回できたかな…




◯Culture in Africa

一番簡単だと思っていたら、意外と難しかったのがこの授業です。
やはり抽象的な話を英語でされると理解されるのが難しい…

「結局、アフリカの文化、ものの見方、哲学なんかは、
そこの言語を理解し、その言語を通してでないと理解するのは難しい」
みたいな話を聞いたり、文献を読んだりしながら、
「そうだよなぁ、俺はこの人の言いたいこと、考え方、ものの見方を、
どこまで理解しているんだろなぁ…」
なんて考えたりもしました。

Term1は総論的な話が多く、ヨルバ文化とスワヒリ文化を学んだだけでしたが、
Term2はソマリ文化、ハウザ文化、ンデベレ文化を各論でさらにやった他、
ITの発達とアフリカ文化の変容といった、最新の研究にもふれられました。

この授業はグループプレゼンがあったのですが、
それも大変でした…
僕のグループは5人だったのですが、とにかく集まりが悪く、
いつも準備の頃はドギマギしていました。
優秀な人が多かったので、プレゼン自体は悪くないのですが、
どうしても担当パートごとにクオリティに差が出てしまっていました。


◯Issues in Development Practice

この授業のみ、半期(Term2)のみの授業でした。
授業に行って、知り合いの大学院生がいるのをみて、
初めて院生と学部生(しかも最終学年の3,4年生)が、
合同で受ける授業であることを知りました。
院生の中には、一度働いたことのある人、
更には開発のフィールドに出た経験のある人もいるので、
かなり授業はハイレベルでした。

レクチャー(講義形式の授業)では、
開発のフィールドで実際に使われる理論、ツール、フレームワークなどを、
それを提唱したり、実践したりしている方がプレゼンしてくださいました。

チュートリアル(議論中心の授業)の方は、
学部生だけだったので、少しは気が楽でした。
レクチャーの方で習ったフレームワークを、
実際にケース・スタディに当てはめてみたり、
具体例を見ながら問題点を検討したりと、
理論中心の他の授業とは雰囲気が違っていたのもあったのかもしれません。
人数が6名くらいしかいなかったこともあって、
意外と発言することが出来ました。

ただ、周りはさすが最終学年。
授業でその道の第一人者が紹介した理論やフレームワークを
ビシバシとチュートリアルでは批判していきます。
こっちでだいぶ批判的思考を身につけられるよう気をつけていますが、
まだまだだなぁと実感させられました。
しかし、最後の方は、だいぶ自分の意見に対しても、
聞く耳を持ってもらえるようになってきた感触があったのは良かったです。


というわけで、4授業すべて振り返りました。
いやー本当にあっという間でしたね。

得られたこととか、考えたこととか、
後悔とか反省とか、色々あるにはありますが、
まぁまた今度時期を見て書きたいと思います。

春休みは、残っているエッセイ2つ、
そして約一ヶ月後に控えた試験に向けての準備に忙しくなりそうです。

SOASは基本的にこのTerm3にすべての授業の試験が集中していて、
僕の場合、評価のほとんどはそこで決まります。
せっかくなら良い評価を取って返りたいのでしっかり勉強したいと思います。


2014/03/03

イギリス旅行記その1 ~リヴァプールとマンチェスター~

しばらく真面目な投稿が続いたので、たまには軽い話を。

ということで、下書きのまま眠っていた記事を完成させようかと思います。
今回は、今まで勉強の合間を塗って訪れたイギリス国内観光・旅行の話を。

第一弾は11月に行った、Liverpool (リヴァプール)とManchester (マンチェスター)。







グレートブリテン島南部にあるロンドンと比べると北の方にあり、
バスで5-6時間程度かかる長旅でした。
(電車でも行けますが、バスのほうが安い場合が大半です。)

リヴァプールとマンチェスター、
どちらも日本人にとって馴染みの深い名前かと思います。
それぞれ、リヴァプールとエヴァートン、
マンチェスター・シティとマンチェスター・ユナイテッドという
サッカープレミアリーグのチームの本拠地があることで有名です。
あ、ちなみにイギリス人に"サッカー"って言ったら怒られます。
"フットボール"と呼びましょう笑
(今調べたら、この4チーム、3月3日現在全部7位以内なんですね。
 →http://www.premierleague.com/en-gb/)

更にリバプールは、かの有名なビートルズ誕生の地でもあります。

しかし、今回の旅のコンセプトは、
サッカーフットボールでもビートルズでもなく、
"奴隷貿易"でした。

もともと、この旅の発案者は、
現在アフリカ大陸一周のバス(というかトラック)ツアーに参加している先輩でした。
大阪大学でアフリカの言語や文化を勉強している先輩が、
そのツアーの出発地であるイギリスを訪れる際に、
是非行ってみたいということで、この旅行が決まりました。

リヴァプールはもともと海商都市として栄えた街ですが、
その貿易品の中には、アフリカ大陸からの"奴隷"も含まれていました。
リヴァプールにはそうした過去の負の歴史を記録した、国際奴隷博物館があります。
(International Slavery Museum: http://www.liverpoolmuseums.org.uk/ism/index.aspx)
そこを訪れるのが、今回の旅の目的でした。

リヴァプールの港の夜景。
かつてここに何人もの奴隷が連れて来られ、新大陸へと運ばれた。






国際奴隷博物館

奴隷を表現した像


その時の感想を言葉で表現するのは難しいですが、
かつて、沖縄、広島、長崎、知覧と第二次大戦の悲劇の地を訪れた時と同じような、
やり場のない怒りというか、途方も無い悲しみというか、
心臓をギュッと締め付けるような、衝撃がありました。

特に360度円形で囲まれた小部屋全体に映し出される、
奴隷船の中の様子を再現した映像は、
当時の奴隷の苦痛がありありと伝わるものでした。

"人を人として扱わない"ということに関しては、
奴隷貿易も戦争も共通したものがあるのではないでしょうか。
奴隷制度が終わり、人権概念が広がってきている今でも、
こうした"非人道的"な扱いはまだまだ残っていると思います。
負の歴史を記録し、人々の記憶に焼き付ける、こうした博物館や史跡は、
現代に生きる私達のあり方を見直す役割があるのかもしれません。

詳しい話に関しては、
先輩のブログにかかれていますので、興味があったら読んでみてください。
(http://ameblo.jp/susumuafrica/entry-11681197260.html)

というわけで、
以降はリヴァプールとマンチェスターの街並みを写真とともにご紹介します。
まずはリヴァプールから。


潮の香りが感じられる、まさに港町でした。

泊まったホステルがあったマシュー・ストリート(Mathew Street)は、
ビートルズがデビューしたキャバーンクラブ(Cavern Club)がある
ビートルズファンのメッカでした。
知らずに行って申し訳なかった…笑

ライブをしたバンドが刻まれています。
ビートルズは別格なのか個人の名前も。
他にもQueenやOasisなどイギリスを代表するバンドが…







ここからはマンチェスター。両都市間はバス、電車共に一時間弱で結ばれています。
イギリス第二の都市の名をバーミンガムと争うだけあり、結構な都会でした。
(ある人によれば、マンチェスターは大阪っぽく、バーミンガムは名古屋っぽいとか…笑)
マンチェスターは都会的要素と伝統的な建物が共存する街







PS2みたいだと盛り上がった建物







科学産業博物館
世界最初の旅客鉄道の駅舎を利用しているそうな。
産業革命発祥の国らしい展示でした。





マンチェスターに限らず、
雨に濡れた石畳はヨーロッパの夜景に映えます。





















というわけで、リヴァプールとマンチェスターの旅行記でした。
両都市ともに博物館・美術館が多く、サッカーフットボールが盛んなところ。
機会があれば是非訪れて、ゆっくりと観光したいものです。

そういえば、先ほど紹介したアフリカ一周中の先輩は、
アフリカの「語り」の歴史を集め、それを紡ぐために旅を続けています。
奴隷貿易の"歴史"も、今回のようにイギリスや西側諸国がまとめた"歴史"とは別に、
アフリカ各地で、口承により伝えられてきた"歴史"もあります。

彼がアフリカ一周の旅の前にこの旅を望んだのは、
この両者を比較するためでもありました。

そんな彼は、現在Ready for?でクラウドファンディングを行っています。

過去の文献資料から、西側諸国がまとめた歴史がある一方で、
アフリカの各地で彼が集める「語り」や「口述」による歴史は、
話し手の話し方、抑揚だけでなく、受け手側の感情、価値観、その場の空気、
時にはそこに加えられる音楽やダンスなどの作用によって、
毎回違った形が成される"アート"です。
そこには、文字では表現しきれない何かがあると思います。

アフリカの各地で彼が聞いてまわり、
彼自身の感受性、哲学に基づき紡ごうとする歴史は、
奴隷博物館とはまた違った形から、私達を写す鏡になるはずです。
(すでにブログにていくつか奴隷制に関する記事を書いています。

彼の意思に賛同し、歴史を紡ぐ旅に共感された方は、
ご協力(寄付、拡散)していただければと思います。

(全然軽い話じゃなくなってしまいましたね、すみません笑)

2014/02/24

2月が終わる前に

今日(もう日付は変わっていますが)は、
日本の外務省とIDDP (英国開発学勉強会)の共催した、
国際機関就職ガイダンスに行ってきました。

イギリスで開発学や国際関係学などを学ぶ日本人学生を主に対象として、
前半は国際機関へ就職するための方法・制度、準備などの話、
後半は実際にギニアのWFP(世界食糧計画)職員として働く方から話をしていただきました。

いわゆるUNICEF (国連児童基金)や、WHO (世界保健機関)などの国際機関は、
採用条件として、
修士号以上の学歴、
2-5年以上の業務に関連する職歴、
職務遂行が可能なレベルの英語やその他の国連公用語の運用能力などが、
最低条件として設けられています。

日本の企業のように、新卒を一括で採用して、
しっかりと社内で育てるといったことはなく、
空いたポストに対して、世界中から応募が集まり、
その中で選考がなされるといったプロセスが一般的です。
(詳しいことが気になる方は、外務省の国際機関人事センターのページなんかがわかりやすいと思います。
http://www.mofa-irc.go.jp/)

要するに、世界中のエリート中のエリートが、
しのぎを削ってようやくポストを得ることができる仕事なのです。

周囲の環境に恵まれたおかげで、
自分も日本国内では、エリートとみなされる部類に入るとは思っていますが、
所詮は"井の中の蛙"なわけであって、
学部で少し留学を経験したくらいで、
特別な専門も職務経験もなく、
英語も働けるレベルにはなく、フランス語は日常会話も成り立たない、
といった立場では、国連のポストなど、
"大海"の向こうの、まだまだ遠く見えないところにあります。

そのことは当然わかってはいましたが、
今日の説明会で、改めて思い知らされました。
「あ、自分まだまだだな」と。
(もっとも、留学中はそんなことの連続ですが笑)

一方で、"お先真っ暗"とまでは言えないかとも思いました。

今日の後半に話をしてくださったWFP職員の方は、
一橋大学の出身の方で、僕が今利用している交換留学制度を利用して、
フランスへの留学を経験された方でした。
(更にお世話になったフランス語の教授も同じ方でした笑)

学部や留学先の違いこそありますが、
やはり同じ大学から、同じように交換留学に行き、
その後、国際公務員というキャリアまで辿り着いた方のお話を聞き、
少しは"光"が見えるような気がしないでもないです。

もちろん、例えここまでは似た経歴であるとは言っても、
その方は、語学も専門も、大学院などでしっかりと勉強をされ、
民間やNGOでの職務経験も積み、
それ相応の努力をしてきて今があることは重々承知しています。

しかし言ってしまえば、
学部レベルで、国際機関へアプライする条件の揃っている人などゼロなわけで、
まずは、その方がされたように、
最低条件を満たすために、少しずつ櫂を漕いでいくしかないわけです。





思えば、国際貢献、途上国援助、開発と言った方向へ向けて舵を切ったのは、
"国際公務員"と言う職業を知ったことがきっかけでした。

小学生の頃、"将来の夢"がテーマの作文か何かを書くために、
家の近くの市民図書館で、
子ども用の職業事典のようなものをパラパラとめくっていた時に、
目に留まったのが"国際公務員"でした。


それまでに僕は、家族旅行で沖縄や広島を訪れたことがあって、
戦争の悲惨さ、恐ろしさを幼いながらに強く感じていました。
一方、テレビの向こうでは、
アフガニスタンやイラクでの紛争・戦争の様子が連日伝えられる様な時代でした。



「なぜ人類は、こんな悲惨な戦争を未だに続けているのだろうか?」



憤りや憂いが入り混じり、疑問符のついた感情が、僕の中で悶々としていました。



そんな時に図書館で見つけた、国際公務員という仕事は、
こうした僕の心の中の"感情"と、将来の"仕事"を繋いでくれました。



「コレだ!国際公務員になって、世界を平和にすればいいんだ!」



それがすべての始まりでした。


もし僕が図書館でその本を手に取っていなかったら、
それまで(ハリーポッターの影響で)夢見ていた、ファンタジー作家を、
今も目指してせっせと本を書いていたかもしれませんし、
もしその本の前のページに書いてあった、
"外交官"の方に惹かれていたら、
今頃国家試験の勉強をしていたかもしれません。

しかし実際には、僕はそこで国際公務員という職業を見つけ、
世界の平和や繁栄に貢献すると決意し、
それからもずっと、こうした国際社会、開発の問題に関心を持ち続け、
今日、SOASで開発学を勉強するに至っています。


これは、本当に、本当に、幸せなことだと思っています。
自分のやりたいことが早くに見つかって、
それに向かって進んでいける環境に恵まれて、
きちんと自分のことを理解して、応援してくれる家族や友人がいて。
ここまで順風満帆に進むことが出来ているのは、
本当に周囲の環境と幸運のおかげだと思っています。

しかし、これからはそう簡単にもいかないでしょう。
当時読んだ職業事典の、国際公務員の"なり方チャート"は、
大学卒業から先、幾つもの枝分かれをしていました。
国際公務員と言っても、各機関、各部署ごとに求められることが当然変わりますし、
更に、今は何も国際公務員だけが、
自分のやりたいことの出来る職業ではないであろうことにも、当然気づいています。
SOASでは、それこそ国際機関は厳しく批判され、
開発そのものを否定する考えも学びました。

目の前にあるのは枝分かれした道ではなく、大きくて広い海に近い気がします。
しかもどうやら、乗り越えなくてはならない波がいくつも待っていそうです。
果たしてその先にゴールと呼べるものがあるのかすらわかりません。
それでもきっと、少しずつ、少しずつ、
自分の思う方向に進む方向に船を進めるしかないのでしょう。




さて、今日こんなふうに自分語りを長々としてしまったのは、
いくつか理由があります。
1つ目は、今日の懇親会で美味しくビールを頂いて、気分が良いから。
2つ目は、後輩に「あんま自分のこと話さないですよね。」と言われて少し気にしているから。
3つ目は、この2月が1つの節目だから。

実は、僕が将来の夢についての作文を書くように言われたのは、
小学校5年生の3学期のことでした。
つまり、国際公務員と言う職業を図書館の本で見つけたのは、
僕が11歳の時、今からちょうど10年前、2004年の2月のことになります。

更に言うと、今日お話いただいたWFP職員の方が、
初めて国際機関でのキャリアをスタートさせたのは30歳前後のこと、
僕からしたら、あと10年ほど先の未来の話になります。


これまでの10年、ここまで進んできた証として、
これからの10年、ここから進んでいく証として、
節目の2月が終わる前に、この文章を残します。




ドーヴァー海峡を渡る船からの景色を。



2014/02/09

ドラム、始めました。

実は、2学期になってから、新しく始めたことがあります。



ドラムです。




ドラムと言っても、いわゆるロックバンドのあれではなく、
僕が始めたのは、西アフリカの伝統的なドラムです。
SOASは、研究してる内容がコアなだけあり、
学生数が少ない(学部、院生合わせて5000人くらい)割に、
コアなSociety(日本で言うサークル)がたくさんあります。
(最近気になってるのは、Hummusという中東圏の料理の名を冠したHummus Society、
そんなピンポイントな料理が好きな人でも集まって、Societyを作れてしまうのがSOASなんです。)

そんなニッチなニーズに対応できてしまうSOASのSocietyのなかで、
2学期に入って、僕が新たに入ったのは、
West African Drumming and Dance SocietyというSocietyです。
これもまた、"African"ではなく"West African"と限定してるところが、
実にSOASっぽいところです。
もっとも東南アジアだと、国ごとにSocietyがあったりするので、
そこまで絞れていないと言えば、それまでなのですが、
やっぱりその国出身の学生数が、アジアとアフリカでは違うので、
仕方ないのかもしれません。

あと、これは想像ですが、
多くのアフリカ諸国にとって、現在の国境線は、
ヨーロッパの国々の都合で勝手に引かれたものだったりもするので、
それ以前から存在したドラムやダンスと言った文化は、
国ごとに分けるよりも、民族ごとに分けたほうが適切であったり、
隣の国々で似通っていたりする部分も大きいのかもしれません。
(この辺は今後調べてみたいと思います。)


僕は大学2年生の夏に、西アフリカのトーゴという国に
約2ヶ月間滞在した経験があるので、
アフリカの中でも、西アフリカには特に思い入れがあります。
(当時、ネット環境がない中で少しだけ書いたブログもあります笑
http://umi-yama-togo.blogspot.co.uk/)
滞在中、現地の伝統楽器であるDjembe(ジャンベ)と言うドラムを
体験したことがあって、
日本に買って帰らなかったことを後悔したくらい好きで、
またやりたいなぁーと思っていたところでした。
(ちなみに出国直前に渋谷のヴィレヴァンでDjembeを見つけたので、
帰国したら買おうかと思ってます笑)
Djembeと叩き方を教わった家の女の子@トーゴ





















しかし、そもそも僕は、あんまり音楽が得意ではなく、
楽譜もドレミファをカタカナで書きたい人でしたし、
リズム感もあんまりありません^^;
なので、個人的には音楽関係のSocietyに入るというのは
かなり躊躇しました。
しかし、前回書いたように、今年の目標を
「好奇心に忠実に、フットワークを軽く」
と定めていて、
日本ではなかなかこうした機会がないと思い、
挑戦することに決めました。

このSocietyでは、実際にartistとして活動している
ガーナの方(といっても若いので友達感覚ですが)が、教えに来てくださり、
週に1回、2-3時間程度練習しています。
トーゴでも教わったのですが、
ドラムには叩き方がいくつかあったりして、
いい音を出すのがなかなか難しいです。
今のところ、単純なリズムが多いのでなんとかついていけていますが…
あと、素手で叩いたりするので、翌日くらいまで、指の第二関節がズキズキします笑
今は主に、Kpanlogo(パンロゴ、パロゴ)と言うドラムを演奏しています。
歌っているのが先生で、その後ろ、Djembeの隣にあるずんぐりしたのがKpanlogoです。
ちなみにここはSOASの建物内にある学生の休憩所のようなところです。壁がいかにもSOASらしい笑


そして、昨日の土曜日に、
SOAS festivalがありまして、その中で、
West African Drumming and Dance Societyも演奏を披露しました。
まだ数回しか練習してないのに!と個人的には思っていましたが、
今回は非常に単純なリズムを繰り返すだけでしたのでなんとかなりました。
ドラムとダンスを教えてくれる先生とそのお父さんのパワーで、
観客を巻き込み、非常に楽しい時間でした。

演奏の様子

観客みんなでダンス!


素人が言うのもなんですが、
音楽、ダンスの力ってすごいですよね。
演者、観客一体になって一つの空間が作られる瞬間というのは、
言葉には表せない感動、快感があると思います。

このSocietyに入った時に言われたのですが、
西アフリカ(ガーナ)の人々にはアニミズム的な信仰観があって、
ドラム一つ見ても、一つ一つの部分が、
もともとspirit(霊魂、魂)を持つ木や動物の皮革を使っていて、
出来たドラムに対してもspiritがあると見ているそうです。

また、授業で読んだ文献の中にも、
こうしたドラムやダンスというのは、
宗教行事の際に、神や霊魂と対話するための
媒介として使われていた(いる)といった話もありました。

日本でも、自然物、人工物に"霊(魂)が宿る"と言った考え方はありますし、
盆踊りの際には中央のやぐらで太鼓が叩かれ、
その周りを人々が踊りますよね。
だから、個人的にはこうしたアニミズム的な信仰の残る
西アフリカの宗教観には共感を覚えますし、
また、こうした考え方はある種、
人類普遍のものである(あった)のではないかと思っています。

音楽やダンスの生む、独特の一体感から生まれる、
特殊な感動や快感というものを、
人々は神や霊魂と結びつけるのでしょう。

今は便利な時代なので、イヤホンでも音楽を聞けますが、
やはり音楽やアートの本質は、
こうした演者と観客の対話の中で、
その空間に一瞬だけ生まれる唯一無二の存在にあるのではないかと思うのです。

短い間しか、このSocietyで練習することは出来ませんが、
アフリカ文化を座学で学ぶだけでなく、
こうして五感を生かして色々と吸収できたらと思います。

(追記)
National Geographicのサイトで、ちょうどガーナのドラムとダンスの映像があったので、
興味のある方はぜひ。
http://video.nationalgeographic.co.uk/video/places/regions-places/africa-tc/ghana-drum-dance-eorg/